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歌舞伎座は、来年4月公演で建て替えに入ります。このところ、上京が年1回ペース。このぶんだと取り壊し前に観られる機会はこれが最後。具合の悪いところをおして、銀座を横切って行ってきました。

かつては開演直前でも座って観られた幕観席ですが、私のような取り壊し前の駆け込み客に加え、外国人がやたらに多い。立ち見の位置を確保したところ、横にいた外国人ご一行のひとりが英語で問いかけてきました。1,000円のこのチケットで他のフロアに行ってはいけないのか、と。もちろんダメです。それを英語で答えなくてはならない。具合悪いのに。でも体調に語学と親切心は影響しないようで、ご理解いただけました。

「勧進帳」。歌舞伎座で観る最後の演目にふさわしい。最後だから贅沢に3階B席でもよかったけど、ここで観るときはいつも一幕観。いまさら花道を見たいとも思いません。幸四郎の弁慶は、粋。粋といえば、大向うの声が少ないような気がしました。
 
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「曾根崎心中」は16年前に国立文楽劇場で鑑賞して以来。
当時は大学2回生でした。札幌から大阪へ移り、カルチャーショックを受け続けておりました。なかでもこの国立文楽劇場の存在は、吉本新喜劇が毎月上演されているのと同じくらいの衝撃でした。
人形浄瑠璃は、日本史を勉強すれば登場します。が、現代では歌舞伎全盛、せいぜい通が好む能や狂言、というのが日本伝統芸能に対しての認識でした。認識外の文楽が毎月上演される定席が、国立の施設として大阪にあることに、驚きと興味がわいたものです。

そんなわけで文楽がどういうものか、などの教養よりもまず観に行こう、と日本橋まで走りました。「勧進帳」「夫婦善哉」「源平布引滝」「伊勢音頭恋寝刃」と、内容を問わず、上演されているものを観る、という姿勢で臨んだものです。そんなんだから、ようわかりませんでした。わからないけど、こんなに地味な伝統を国が守っていることに感謝の念すら抱いたものです。

そのなかに「曾根崎心中」がありました。やはり大雑把なストーリーしか頭にはありません。ただ舞台となる曽根崎は、キタの繁華街、お初天神通りです。学生のコンパに使いやすいお店が多く、よくお世話になりました。日本で有名な心中モノの舞台に居酒屋が並び、その地が曽根崎心中の舞台だということだけは皆知っていながら、そこで酔っ払い、吐く、という日常性。300年前の出来事が現在に、自然に溶け込んでいる様が、北海道出身者には羨ましかったものです。

今回の鑑賞にあたっては、事前に知識を詰め込んでいるので、16年前とは違います。味わう部分は味わえました。ただいかんせん、2階のB席。舞台が遠い。人形の動きは辛うじて認められるものの、表情はさすがに見えません。大阪ではかぶりつきの席で見られたのに。

では会場の教育文化会館が満席か、といえば、1階は空席がちらほら、2階にいたっては後ろ半分は殆どいません。
文楽に馴染みが無い土地だから仕方ありません。最初に30分かけて出演者がそれぞれ太夫や三味線、人形の動かし方などを解説してくれました。これはわかりやすいものでした。
 
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c0032392_17393963.jpg宇都宮からの帰り、時間が余ったので空港への帰路、有楽町で途中下車。八月納涼歌舞伎を幕見席で観ました。
第二部幕間後の舞踊を45分。団子売(だんごうり)、玉屋(たまや)、駕屋(かごや)の3本です。

歌舞伎座にて
■ 本日初日
 
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c0032392_18241475.jpg六月大歌舞伎を幕見席で観ました。
観られたらいいな、程度には期待してましたが、霞ヶ関での仕事が終わって、帰りの便までの時間つぶしにちょうどよく。

幕見での立ち見はあまり経験がなく、四幕八場も少々疲れます。それを差し引いても、良い芝居。仁左衛門の演じる佐吉には、泣かされました。歌舞伎を観て泣いたのは、初めて。

歌舞伎座にて
■ 本日千秋楽
 
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帰りの便まで時間があるので、11時からの「吉例寿曽我」だけ観てきました。
いつもながらの幕見席です。12年前、築地で働いていた頃は、会社帰りに有楽町駅まで歩く
途中のここに立ち寄り、終演の1幕だけを幕見席で観劇したものです。桟敷なら17,000円も
するところ、1幕とはいえ700円。文字通りのケタ違いです。その分、花道がまったく見えない
などの不便な点は我慢します。このような演目の安価なばら売りが、歌舞伎ファンの裾野を
広げたのは間違いないでしょう。歌舞伎や能は「(チケットが)高い」「難しい」とイメージだけで
敬遠する道民は、こんな素晴らしいシステムの恩恵に預かれないために、我が国の文化を
享受する機会をさらに逸することになるのです。

歌舞伎座にて
 
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