本日で37歳です。

ロータリーの例会では会員の誕生日を「Happy Birthday」の歌とプレゼントでお祝いします。本日もお祝いいただきました。
年に一回ですが、会場正面でみなさまに歌ってもらうのは
気恥ずかしいものです(*^o^*)
帰社すると、きのとやのケーキで社員がお祝いしてくれました。
「天皇誕生日」にならって「社長誕生日」で休業させて
あげられなくて申し訳ない♪


夜は知人と食事。
帰りに行きつけのカフェエスキスに立ち寄りましたら
店主がケーキにろうそくを刺して出してくれました
o(*^▽^*)o~♪
よく見ればお皿には「37th」とクリームで書かれています。

11日にはpippinさん。
どらやきにろうそく立ててお祝いしてくれました~♪
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本日は留萌方面に向けての出張です。
お昼は留萌ロータリークラブ例会に出席しました。
ゲストスピーカーは市議会の副議長さん。ロータリー会員でもあります。
市の財政について、現状を詳しく説明してくださいました。

留萌市民ではないので細かいことまで知る必要もありませんが
地方都市の財政の話は勉強になります。

校舎建築など地方都市には分不相応(実際の言い回しは異なります)な支出を集中させた為
向こう10年は市道の補修さえできない、節約のため市役所へ行ってもお茶は出ない
役所の職員用の冷蔵庫は電気が通っていないなど、節約は徹底しているものの
支出を少し減らしたところで付け焼刃。それよりも大きな産業があれば充分市税収入を
あてにできる。ところが留萌にはそうした産業・企業は無い、企業誘致の努力も怠ってきた。

しかし留萌には港がある。これは空港に匹敵するほどの資産。そうしたあるものを生かせば
きっと留萌は復活する、といった内容。

弊社にとってかつて道内自治体は大きな顧客でした。が、ここ数年でしょうかどんどん売上の
比率は落ちています。仕事内容も決して利幅のあるものとはいえません。
しかし、インフラ整備のとっかかりとはいえお手伝いできた地方都市への思い入れは
あります。ぜひとも復活していただきたいものです。
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(北海道新聞 夕刊)

このセンター、北2条西12丁目にあります。厚生年金会館の裏手の方に位置します。
車通りも日中は少なく、植物園の近くということも手伝って、閑静な雰囲気があります。

センターが5月中旬に移転して空き家になっていたのですと。
建物は確かに直近がセンターだから「旧札幌市…」という表記は正しいのですが
個人的にこの建物は「旧中央図書館」の思い入れが強く。

私が高校生の頃はここが札幌市中央図書館だったのです。
現在の南22条の建物とはかけ離れた規模の小ささ。
予備校帰りに受験勉強でよく利用したものです。

昼間からお年寄りがゆっくりくつろいでいる場所でした。
大した蔵書ではなかったので学術的な雰囲気はありませんでした。

でも札幌市という都市規模で「中央図書館」を名乗るには役不足。
教育大学跡地に移転し、大きくなったのには、利用することはあまりなくても、それだけで
安心しました(その教育大学跡地については、附属小中で通った場所なので、それはそれで
思い入れはありましたが)。

先日触れた旧交通局庁舎もそうでしたが、建物自体にはデザイン的貴重さも歴史的重みも
感じられないので、取り壊しを聞いても郷愁の思いはありませんが、かつて利用したなぁ
という思い出がこういう時にこみ上げてきて、あぁやだやだ♪

跡地利用の在札幌韓国総領事館は、現在北3条西21丁目にあります。
自宅からも会社からもすぐ近く。行きつけの喫茶店「あかねや」のお向かいです。
教職員組合のイベントがあると街宣車が集まっては、この領事館にいろんなアドバイスを
するので( ^.^)周辺は時折警察によって封鎖されます。
そういうときは喫茶店にも行けません♪
新領事館は、韓国映画を上映できる設備も整えるとのこと。これは楽しみです。

蛇足ですが、私個人は「障がい者」という表記は好きではありません。害の字をひとつ取って
これが不快だ!という理由からでしょうが、婦人の婦の字は女ヘンに箒だから女性蔑視
と言っているようなもの。表記を変えたところで意識の問題には踏めこめません。
言い換えるならまだしも、漢字・ひらがな併用は見た目にもショボく
慣れなければ何を書いているかさえおぼつきません。
一種の偽善といえます。表記で問題解決を図ろうとする、逃げともいえます。
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(日本経済新聞)
江別市の浅井学園大学は、「YOSAKOIソーラン祭り」に踊り手として出場した学生に単位を与える制度を本年度から始めた。
体育かな?いい運動になるでしょうし。と思ったらそういうものでもないらしい。
科目名は「地域文化~YOSAKOIソーラン祭り(踊り)」。授業は全十五回。初めに四回の講義を受講し、学内のサークルに所属して踊りを練習。祭りに出場してリポートを提出すれば、二単位が認定される。
ひゃあ~なめまくってますなぁ~(驚)大学に何しに行ってんだか。担当の助教授は
「踊って楽しいだけではなくて、祭りの成り立ちや意味なども知ってほしい」
と言ってるらしいけど、YOSAKOIが出来たのなんてつい最近でしょう。
高知の祭りからひもとくのなら少しは意義あるかもしれないが。

いや、大学の授業といわず、もっと積極的に成り立ちは知らしめるべき。
よさこい自体が北海道で生まれたものと勘違いしている輩がすでに蔓延している。
物事の背景をなるべくぼかし、刹那的に押し進めようとするところが道民のクセ。

てゆうか、祭りという意味合いではまったくジャンルの異なるダンスコンテストでしょう。
数年前だか、北海道神宮祭と期間がかぶったときには「神宮祭が日程をずらせ」と横柄なこと言ってた輩もいたが、神宮祭がこの時期に行うのは意味があってのこと。
YOSAKOIは時期を問わず年中あちこちでチャカチャカ踊ってるだろう。
神事を動かしてまで貫く意思があれば別だが。

元々がこのイベント(祭りなどと称したくないね)は愛知出身の北大生が高知のよさこいを見て
思いついたもの。
この直感・企画力・実行力はさすが学生と思わしめたが、以後ここまで続くとなんだかなぁ、と思う。
つまりこのイベントを作ったのは「創造力豊かなフロンティアスピリットの道産子」ではなく、「内地」の若者なのである。
彼は地元でこれだけのイベントを立ち上げることはできただろうか。
流れに流されるままぁ~という道民気質を見抜いて、実験を行った、まさに「試される大地」を地で行ったのではないか、と勘繰ってみたい。

よく踊り子さんらは「私たちはずっと前から踊りの場を求めていた」とテンション上げまくってインタビューなどに答えているが、ではその「場」を何故、自分たちで作ろうとしなかった?
愛知からたまたまた北大に来ていた学生さんがきっかけを作らなかったら、おたくらずっと踊りたい~ってうずうずしっぱなし?ひとの敷いたレールがなければ何もできないの?

と責めたくなるのは、私の周辺でも幼少の頃から、そういう無気力な若者が多かったから。
「なんか面白いことない?」という常套句。
札幌には特に多く思えたのは大阪で学生をしていた時の、関西の若者の活発さに同年代として驚かされたから。
「おもろいことは自分らで作る」という姿勢は、札幌の(地元で育った)若者には皆無。

以前、ローターアクトという30歳までの若者の団体を手伝っていた。
大阪や広島、四国といった西日本ではこのローターアクト、活発な活動で知られている。
ところが札幌のそれは「何やっていいかわかんなぁい」状態。
同じ年代でこうも地域差が大きいものかと思い知らされた。

右翼の街宣車を髣髴とさせるスピーカーと音量。悪趣味甚だしい衣装と暴走族かと見紛う当て字によるチーム名。
子供も踊っているが、教育上よろしいのかね。
最近でこそ、YOSAKOI嫌いの声も聞こえてくるようになったが、私が北海道へ戻ってきた9年前
なら、それこそ言論統制かと思えるほど、全道民YOSAKOI批判する者無しという雰囲気。
あの「昔の言論の自由がなかった頃に戻さないで」と憲法改正を阻止しようとする道新が、率先してYOSAKOI批判を黙殺するのだから面白い。

話を戻すと、大学の単位。YOSAKOIを題材にして地域起こしを研究するとかなら意義もあろう。
商売としてのYOSAKOIも成功したようなので、起業を目指す学生へのモデルケースにも。
だが踊れば単位というのでは、あまりにも若者に迎合していないか

あと、どうせやるならマナーも教えてやってくれ。大通公園の芝生を傍若無人に走り回り、通行人にぶつかっても謝りもせず、それどころか「YOSAKOIやってんだから仕方ないだろう」。
公共の場でもカチャカチャ鳴らすし。会議室の壁など余裕で突き抜けて耳障り。
中国のアレに似てますな。あの「愛国無罪」。
何したって平気、感覚が麻痺しちゃってるのね。
携帯のマナーにも似ている。普及が早過ぎて扱い方が追いつかないようで。
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(北海道新聞 社説)

石原都知事が浜渦副知事を更迭したことについての社説。

とてもいきなりな感がある。最近の道新の紙面は、道警裏金問題には舌鋒鋭く書きまくる。
書きまくりすぎてだらけてしまう。同紙にはよくあることで、ネタ切れのところを無理に奮起する
ものだから、記事がいつか読んだようなデジャ・ヴュ状態に。
マンネリ化して読者を飽きさせる。せっかくの掴みも尻つぼみ。

東京都の副知事の問題について、道民がどれくらい知っているのか。紙面にどれだけ情報を
割いているか。私は産経新聞を併読しており、東京都内版をそのまま読んでいるので
ローカルニュースとしての都政はなんとなくわかる。だから副知事の問題も内容は知っていた。
が、道新しか読まない道民は、突然「浜渦氏の都議会での答弁をめぐって続いた都政の混乱
と切り出されて、わかるだろうか。

同紙はよく道民の立場・目線に立った記事を書こうと努める。
現実にはやたら上から見下ろしているのだが、気付いているのかあえてそうしているのか
目線はちっとも道民の側に位置していない。「…という道民の声が聞かれる」などという
フレーズで記事を締めることがしょっちゅうあるが、そんな声、誰が出してるの?
道新の社内だけじゃない?と訝しく思える「道民の声」が多い。
石原氏が都政への関心を失っているのではないか、という見方は都庁内に強く、それが浜渦氏任せの側近政治につながったとしたら、知事の責任の放棄ではないか。
左右の論調からいえば、明らかに道新と石原知事は相容れない。
そんな大嫌いな石原知事をこき下ろそうとする魂胆見え見えの社説である。
登庁日の少なさについて「同じ机に座っているのが能じゃない」と反論するが、この実態を知って驚いた向きの方が多いのではないか。これでは庁内の意思疎通も十分に図れないのは明らかだ。外の仕事が多いのであれば、それをきちんと説明することも大事だ。
一方では現場を歩き回る知事や議員を紙面で賞賛したこともある。
石原氏が語るべきは感情的な話ではなく、決意ではないか。
感情的なのは、社説も同様。
ご都合主義というしかない。
社説の締めにしてはあっさりした批判だこと。
上記のように現場を歩けと批判し、現場を歩けば席につけと批判する。
ご都合主義というなら自らも省みたらどうだろう。
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先の理事会において再任が認められました。平成19年5月末までの任期です。
本日書類が届きまして就任承諾を返送します。

■ 測技協ホームページ
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ロータリーでカウンセラーとしてお世話している
留学生が来月帰国するので、送別会を開催。
会場は、市電。

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