木曜日の動静/ミニコミ紙に掲載

本日発行の「はっぴいらいふくらぶ通信」7月号にマカシブ絡みの当社記事が掲載されています。
道新ご購読の方は販売店によっては折り込まれているかもしれませんので、チラシのなかを覗いてみてください。
にしても、気楽に書いてくださいました。ノリが企業目線ではないとはいえ、あんなに時間を費やして説明したのに…(泣)写真映り悪いし…(号泣)
細かいところはニュアンスの問題ということで諦めます。明らかな間違いは
【誤】道の環境保全部会 → 【正】市の環境保全協議会
午前 測友会だより校正及び原稿書き。
    会長来室。「はっぴいらいふくらぶ通信」を読んでいる人がいた!との話。
お昼 ロータリークラブ例会。
午後 明日の準備(羊丘小学校)。
   帰社。
オーマイニュース
昨晩20時半過ぎ掲載。「札幌に里帰りした映画 『ウリハッキョ』 上映会」。火曜日の「ウリハッキョ」についてです。出稿時は「日本のなかの朝鮮/家族のような学校」というタイトルにしましたが、副題でうまく校正してくれました。火曜夜に観終わって、深夜に送稿、水曜夜に掲載ですから実質24時間弱。こちらも新鮮なうちの掲載を狙ったのですが、時間が足りないせいか、拙文の校正がやや粗い感があります。その辺は考慮して読んでいただきたいものです♪

ところで「6月の第4回週間市民記者賞」に拙文がノミネートされていたようです。意外な記事を取り上げてもらい、まずは感謝。




札幌に里帰りした映画 『ウリハッキョ』 上映会
 家族のような学校と、日本の中の朝鮮

【写真】監督舞台あいさつ

 韓国人監督が撮った北海道朝鮮初中高級学校のドキュメンタリー映画『ウリハッキョ』が3日夜、札幌市内で一般公開された。

 韓国で話題沸騰、東京や関西、福岡ではすでに先月、公開済みの本作。

 札幌の朝鮮学校を追った作品がようやく、「地元」で見られるとあって、会場の札幌エルプラザには開場前から長蛇の列ができた。約300名収容のホールに500名近い観客が詰めかけた。

 ウリハッキョとは、「私たちの学校」という意味。2時間超の作品は、日本の高校3年生にあたる学年の1年間を通して、同校の設立経緯や現状がつづられている。

 同校が抱える問題点の1つが生徒数の減少だ。生徒数が激減しているのは、少子化のあおりを受けてのものではない。在日1世が熱意を注いだ民族教育が、3世や4世の世代にはさめてきている。12年間の一貫教育を用意しても、途中で日本の学校へ転出してしまい、中途編入ではその“穴”は埋まらないのだと言う。

 他方、途中で入ってきた生徒は、校内公用語である朝鮮語が喋(しゃべ)れない。そのため、朝鮮語習得のための授業が彼らのために設けられている。これも同校が近年抱える課題である。

 この作品が、イデオロギー啓発の題材に使われるのは想像に難くないだろう。カメラは、朝鮮学校及び在日朝鮮人を「弱者」や「被害者」として見る姿勢が感じられた。

 テポドンが日本に向けられて発射されると、学校に右翼を名乗る男たちから脅迫電話がかかる。録音された内容が劇中に流れるが、嫌がらせを超越して恐怖感が芽生えるものだ。修学旅行で北朝鮮からの帰途、マンギョンホン号が新潟に近づくと見えてくるのが「拉致被害者を返せ!」の横断幕が目に入る。

 彼らにとっての「祖国」が行う外交上のさまざまなことが、日本で暮らす彼らに日本人からの反応として向けられる。そうしたことが重なり、朝鮮総連離れが加速しているとも聞く。

 作品に登場する生徒のなかには、じくじたる思いを抱く者もいたかもしれない。だが作品には表れない。

 表出するのは、結果としての被差別意識だけと言える。そのエネルギーの矛先は、民族アイデンティティーの再確立に向けられるような気がする。

 しかし意識とは裏腹に、現実に暮らしている土地・日本への同化が止まらない。

 生徒へのインタビューでは「日本語で話す方が楽」と本音を漏らす者がいた。北朝鮮への修学旅行から戻り、「祖国への誇りが増した」と語る生徒は、「誇り」を朝鮮語で話せず、思わず「誇りって何て言うの?」と撮影中の監督に尋ねた。

 失われつつある言葉に、同校の焦りが見えるようだ。だからこそ編入生にはまず徹底した朝鮮語教育を実施しているのだろう。

映画『ウリハッキョ』(公式ブログ提供) 記者は、1997年に平壌へ渡航した。今作の修学旅行よりも7年前のことだ。「偉大なる首領様」「地上の楽園」などといった現実味のないプロパガンダには、何ら動かされるものはない。ただ、玉流館の冷麺だけは、認めざるを得ないほどおいしかった。

 玉流館をたたえる歌は、本作でも何度か歌われていた。いくら言葉を弄(ろう)されても、かの国の体制に抱く疑念は晴れない。

 しかし、味覚はうそをつかない。「おいしいですよ」と出された食事が本当においしかったとき、そのひとの言っていることは本当は正しいのか? と疑念が生まれる。

 平壌から帰国後、公安調査局によるインタビューの合間を縫って、今作の主人公・北海道朝鮮初中高級学校を訪ねた。現在なら日本の小学校でも、外部の人間の出入りには厳しいチェックが課される。当時は北朝鮮が注目される前だったためか、同校の対応はおおらかだった。

 「ただ興味があるから見学させてほしい」との唐突な願いをあっさり聞き入れてくれた。父兄参観に混ぜていただき、ゆっくりありのままの朝鮮学校を堪能できた。10年前のことである。

 この上映会は4日夜も開催される。イデオロギーうんぬんは抜きにして見てみたい。若い先生たちがいかに生徒と打ち解けているか。18歳とはこんなにもしっかりした世代だったのか。家族ぐるみの付き合いとはかくも楽しいものだったのか。

 上映後、キム・ミョンジュン監督が舞台でエピソードを披露した。運動会のシーンで、クラスの大きな旗が登場する。ここに先生・クラスメイトの名前と一緒に監督の名前が縫われていた。「自分がクラスに受け入れられたようでうれしかった」と監督は語った。

 教室で起こる小さな喜びが散りばめられた作品である。
 
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by top_of_kaisya | 2007-07-05 21:24 | 社長の孤独な仕事 | Trackback | Comments(1)
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Commented at 2007-07-05 11:36 x
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