火曜日の動静

テレ朝サイトより借用昨日、1年3ヶ月ぶりに死刑が執行されました。
執行のたびの賛否両論。そんな死刑制度を、談合問題に重ね合わせて考えてみます。

まず死刑制度の必要性。
犯罪抑止力としての効果は少なからず、あるでしょう。廃止論者も、効果がまったく無いとは考えていないのでは。これ、つまりは「必要悪」。

先般、宮崎県知事選に立候補を表明したそのまんま東氏が「談合は必要悪」とコメントし、翌日にはあっさり撤回しました。それほど「必要悪」という言葉自体に、世間体の悪さがつきまとうのです。建設業界も、いまさら談合が必要悪だとの論戦を張ろうとはしません。

しかし、いくら言葉狩をしたところで、死刑も談合も「必要悪」の役割を任じてきたことに変わりありません。談合は、必要悪が認められなくなった世間情勢を鑑みて、確実に減っています。無くなった、というよりは成立しえなくなった、といった方が正しく、それほど独禁法・公取が恐ろしいのです。これこそ抑止力。

冤罪の可能性についても、廃止論者が声高に訴えます。
裁判は、三審制を敷いています。冤罪はこのシステムの中では本来、起こりえません。控訴・上告の過程で時間的に検討の猶予が与えられるのも、冤罪を食い止める可能性を高めています。

翻って談合は、摘発されたら即、指名停止。これは例えれば、逮捕されたら来週死刑ね、というほどの素早さ。反論の余地が与えられるのは公取への申し開きであり、発注者の官公庁は問答無用で指名を一定期間停止します。
業界が恐れているのは課徴金だと世間では考えられているようですが、それは大手の、千億単位で仕事をしている一部の企業。中小零細企業が恐れているのは、指名停止。特に地場業者は県単位で仕事をしているので、県から指名停止を受ければその日から仕事はまったく無くなります。北海道で指名停止を受けても九州で食い扶持を上げる、それがダメなら中国で、といった大手とはそこが違います。

裁判では、検察と判事がそれぞれの役割を担います。改正独禁法では、この両者が同じ公取で行われます。つまり起訴すりゃ有罪。談合の疑いがかけられたらそれまで。冤罪の可能性は、高まります。

よく談合は「税金の無駄遣い」といわれます。死刑囚はどうでしょう。
執行されるまで何十年も待たされる死刑囚もいます。執行される前に寿命で死んでしまう死刑囚もいます。明日にも殺されるかもしれない死刑囚を生き長らえさせる間、国民の税金で食事を与えています。現在、死刑確定囚は100人近く。100人の三食と住居、管理する法務省役人。ひとりの死刑囚にかかる経費は高くつきます。

なにより、死刑確定囚としていつ殺されるかわからないまま日々暮らすのは、辛いでしょう。その辛さをもって刑罰に値させるというなら、そういう刑罰として法制化すればよろしい。死刑→本当の無期懲役→無期懲役、の順で。死刑反対と声を上げ、法相にサインをさせにくくさせている市民団体こそ、死刑執行を遅らせて死刑囚のドキドキ感を煽っているのです。どちらが残酷なのだろう。
午前 病院直行。
午後 帰社。常務と来年の話。社内打合せ。
夜分 知人と会食(左岸)。目立たないところにあるダイニングです。
    が、これほどサービスの行き届いたお店はホテル以上。
 
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by top_of_kaisya | 2006-12-26 18:20 | 社長の孤独な仕事 | Trackback | Comments(4)
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Commented by みつ at 2006-12-26 23:05 x
もう。
写真にびっくりさせられました。
Commented by ai at 2006-12-26 23:21 x
ってか、もうやりすぎよ!潤ちゃん!(おすぎ)
Commented by sono at 2006-12-26 23:50 x
死刑を執行されるというのは、それなりの罪を犯したということですのでするべきと思います。
Commented by top_of_kaisya at 2006-12-27 13:47
御祝儀お待ちしてます♪