火曜日の動静

月刊ボラナビ6月号昨日から配布が始まった「月刊ボラナビ6月号」に、ビッグイシューボランティア募集を載せていただきました。
今では人手に余裕が出てきましたが、当初の支援団体が支援放棄した直後、卸作業が事実上止まってしまいました。
そのときに助けてくれたのがボラナビで、緊急避難としてスタッフを派遣してくれたこともあります。
以来、折に触れてボランティア募集記事を掲載していただいてます。

言うだけ言っておきながら、都合が悪くなると口をつぐむ団体はよくみかけます。街中に参加者募集のポスターを貼っているこの団体も似たようなもの。
 いささか旧聞に属するけれど、アフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の旅客船を護衛した話題を取り上げたい。ネットの世界でも、論議が盛り上がっている。
 ピースボートは、社民党の辻元清美衆院議員が、早稲田大学在学中の昭和58年、客船をチャーターしてグアムなどへのクルーズを実現したのが始まりだ。その後も、反戦の主張を掲げて世界各地への旅を続けてきた。平成4年暮れには、辻元さんを含めたメンバー約70人が、カンボジアを訪れている。
 わが国初の本格的な国連平和維持活動(PKO)に参加していた自衛隊施設大隊を見学するためだ。隊を取材中だったカメラマンの宮嶋茂樹さんによると、基地内で勝手気ままに振る舞う人たちに、声をからして対応する広報担当者は、幼稚園の先生のようだった(『ああ、堂々の自衛隊』クレスト社)。
 「従軍慰安婦を派遣するというウワサがある」「隊内でコンドームを配っているとか」「帝国時代の軍人を尊敬している人がたくさんいるのか」。対話集会でのメンバーの質問は、泥まみれになって道路の補修などに取り組む隊員たちへの悪意に満ちていたそうだ。
 今回の海自の派遣にも反対していた。その海自に、海賊から守ってもらったことを批判するつもりはない。せめてこれを機会に船内で、自衛隊を含めた安全保障の問題をまじめに論じ合ってほしいと願うばかりだ。
 ところで、今のところ小紙しか、ピースボート護衛の事実を伝えていない。辻元さんが、設立を思い立ったのは、侵略を進出と変えたと報じた、例の教科書問題だったそうだ。誤報だったと認めたのも、読者のご存じの通り、小紙だけである。
70ピース ボートあそび18日付の産経抄です。確かに他紙・テレビは伝えていません。産経新聞が売られていない北海道では、道民の殆どが知らない話。まるで北朝鮮。これをもって道新は、道民の「知る権利」を護っているといえるのでしょうかね。
早朝 座禅。
午前 業務推進部長。技術部長。来客。
お昼 出先でたまたま町内会の役員さんたちとご一緒。
午後 来客、技術課長と応対。業務推進室長。
  若力会小学校委員会(やっさもっさ)。
 
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by top_of_kaisya | 2009-05-26 18:43 | 社長の孤独な仕事 | Trackback | Comments(4)
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Commented by まきぱぱ at 2009-05-26 17:04 x
ボラナビ・・・、私はこれに誘われて参加させて頂きました。
発南Joyのレジ後ろ台にあったので拝見しました。

最近は、若い方々が元気にやられているので、影で応援させて頂いております。
Commented by top_of_kaisya at 2009-05-26 17:07
その節は助かりました<(_ _)>
私も陰におりますのでたまに卸しましょう♪
Commented by nakajima at 2009-05-26 18:11 x
自衛隊の扱いというのは微妙ですね。
防衛大や防衛医科大学を受験する生徒が毎年いるので、この前の日曜日に防衛大や防衛医科大を中心とした自衛官等採用説明会に行ってきました。政府専用機というのはフライトアテンダントにいたるまで航空自衛隊によって運行されているのですね。知りませんでした。
 受験料は無料なので、練習のつもりで受けるものが結構います。一次試験に合格しても二次試験をうけない者のほうが私の勤務校の生徒では圧倒的多数派です。防衛大についての話の中で、硫黄島研修が印象的でした。戦史を学び、硫黄島に実際に訪れ洞窟の中にも入るそうです。
  防衛や自衛隊についても、まずは基本的な知識をもつことが重要だと思う今日この頃です。
Commented by top_of_kaisya at 2009-05-27 08:19
私も受験本番前の腕試しに防衛大学校を受験した口です。
で、落ちました。腕試しどころか、凹みまして、それを引きずって大変でした。その合格発表が掲示されたのが、当社の裏手にある自衛隊連絡部です。そのため今でもあの凹み具合は思い出します(泣)